ホリスティック医学協会理事会で 2016.2.4

昨晩 日本ホリスティック医学協会中部支部の理事会がありました。とても建設的な意見が飛び交い、とても有意義でした。
統合医療的な治療をする会ですが、アメリカでは統合的医療ではなく、統合的健康を目指すことになったようです。ようは医療は統計学的なデータが必要ですが、なかなか統合医療ではデータがでないため、医療ではなく健康増進ということになったようです。

今年の中部支部会でのテーマの一つに 癌難民等に情報を提供していけるシステムを作れないか を検討していくことになりました。当院でもガンになる方がいます。不十分な情報しかなく、藁をもすがる気持ちの患者さんや家族がとても悩まされています。私もそうです。どんな治療があるのか、それの特徴と限界を公開し、患者に選んでもらう。そして紹介することができれば嬉しいです。

そしてその後2017年以降はガン患者だけではなく、一般の人々の健康予防にも 統合医療的な治療(例えばヨガ等)の情報を提供して、紹介していく。地域での健康予防を我々(特に医師が)指導していける、地域づくりを目標にしていくことになりました。凄い進歩です。やってやります。面白くなりました。

健康と笑 講座⇒東京糖尿病勉強会⇒脳認知科学の勉強会⇒GSアカデミークルー 2016.1.30⇒1.31

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2016.1.30 向老学学会のサロンと当院の座談会の合同企画 1月は私院長が担当。健康と笑について 話しました。
作り笑いをしてください! から始まり!
笑いによって遺伝子のスイッチが切り替わり、幸せになること。
等を話し、途中途中で作り笑いを作るために ネタをしこみました。 結構笑ってくれました。30人ぐらいですか、当院の待合でやりました。次は3月26日土曜日14時 当院で参加費無料 予約不要 誰でも参加可能で なんと”微笑み亭さんたさん”の落語をやります。是非是非参加してください。その後タクシーに飛び乗って東京に行き、新規糖尿病薬unspecified

の勉強会 やはり心臓にはこのSGLT2阻害剤は効果あることを確認。
その後は 脳認知科学の勉強会に夜と日曜日の午後と参加しました。
久しぶりの参加でしたが、とても腑に落ちることが多く、また知識が増えました。その後17時から 日本をなんとか元気にしたい有志の初会合。
またエネルギーをもらいました。私は今していることをもっと全国的に広報していくことにしました。今後の展開がとても楽しみです。東京発最終ののぞみ新幹線で帰宅しました。有意義な一日でした。

ホルミシス療法のある早瀬内科クリニックを見学した後 同門の講演会で講演してきました。2016.1.23

以前東京の川嶋先生に紹介されて横浜のリードアンドカンパニーに行きました。ホルミシス温浴療法の見学に行きました。そこで名古屋の早瀬先生を紹介 されました。横浜では低放射線療法を体験してきました。ほぼサウナに1時間入っている感覚でした。とても楽でした。代替医療は高額で点滴などの手間がかか ることが多いのですが、ホルミシス療法は 温泉に入った感覚で治療ができました。これは癌末期の方とかによいと思いました。今回名古屋で早瀬内科クリニッ クに行ってきました。港区でした。

優しい先生で、私の5歳ほど上の方で 海外留学までしており、心臓治療のステント治療のスペシャリストだ けれども身内の不幸で南区の実家の診療所に入り、今に至っているとのことでした。早瀬先生も統合医療に興味があり、東京へも何度か勉強に行かれているよう です。私も参加していた水上先生の勉強会にも出ていたようです。統合医療の話をしてきました。

話の中でお互いの実家が実は数百mの近くにあったことがわかり、同じ中学の塾に通っていたこともわかり、とても親近感がわきました。今後当院の患者さんが早瀬内科クリニックの統合医療に紹介させていただけることを快く了解されていただきました。とても有難いです。
その後急いでヒルトン名古屋に身内の講演会の演者として行きました。私は母校名古屋市立大学では消化器内科の研究をして胃粘膜障害で博士論文を取得してお ります。現在の名市大の消化器代謝内科の教授であり、私の直属の上司である城教授から今回の講演会の演者を依頼されました。
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内容があまりなく、当院での胃腸症状の治療について20分話しましたが、話したりなかったです。講演会終了後城教授らと7人でカラオケのあるクラブに行き ました。城教授はとてもストレスがたまっているようでした。歌も一緒に歌い、喜んでくれたようです。今後も城教授等大学の先生と一緒に行くことになりそう です。上司が喜んでくれれば有難いです。恩返しですね。

1月16日 京都で”日本はいかに素晴らしいか”⇒東京;糖尿病勉強会、分子整合栄養医学勉強会にでてきました。その後名古屋でミヤンマーの青年と会食しました。

1月16日 土曜日午前外来診療終了後新幹線にて京都へ。急いで行きました。30分近く遅刻してしまいましたが、私がよく講演するリッツクラブでの講演会でした。今回は中学生も来てくれました。ほぼ女性です。日本の歴史を話し、いかに日本は素晴らしいかを話しました。 我々は自虐化する必要はない事、情報操作されて自虐化している現実を講演してきました。 その後東京の講演会に行きました。
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 糖尿病新薬の話で 去年9月に大規模研究にて素晴らしい結果のでた薬です。通常の講演内容で面白くなかったです。もっともっと話すべきことはあると思うのですが。。。2016.1.1
翌日は分子整合栄養医学の勉強会でした。元来の精神科的な疾患への栄養療法と内科医でもだせる精神科医の薬の話でした。とても有意義でした。早めに退出して、名古屋でミヤンマーでお世話になったタン先生の息子さんチョウ君に我々の家族で会いました。
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 22歳の青年で日本の専門学校に通っていました。3年ぐらい前から日本に来ており、日本語は堪能でした。西区在住でミヤンマー人の奥さんと住んでいます。奥さんも日本語学校に通っているそうです。チョウ君の夢はミヤンマーで焼肉レストランを経営することだそうです。夫婦で毎日アルバイトしているようです。我が息子とはえらい違いです。やはり、日本人は甘いですね。”チョウ君の日本における親父(兄貴)になるから、何でも相談しなさいよ! また会おう”と別れました。息子がまた増えました(笑)

第二回ミヤンマー視察  4日目

4日目は国立大学の内分泌学教授と午前中にお話しさせていただきました。もう定年になり、国立病院から私立病院に転勤になったそうです。とても優しく、”何かできることはある?”と聞いてくれました。
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その後は通訳の住まいで 地元の食事をいただきました。おいしかったです。通訳のおじいちゃんやおばあちゃんも同居されており、糖尿病を患っていましたのでデータ、薬をみて今の状況をお話しさせていただきました。喜んでいただけたようです。通訳の方とはとても仲良くさせていただき、ご自宅にも招いていただいたのは前回はなかったことでとてもありがたいことでした。
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 その後はミヤンマーの観光スポットを回りました。

池の周りから シュエダゴン・パゴダをみる観光地
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ヤンゴンから 田舎へ行きました。バイクが多くなり、畑がでてきました。川の水が生活用水だと聞きました。
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バスはヤンゴン市内では ボロボロでしたが、田舎では結構きれいな感じがしました。でも何か違和感があったのは バスの扉が走行中空きっぱなしで そこにまで人が乗っていることがあり、、危ないと思いました。通訳に聞いたら暑いからでしょうとのことでした。よくある、車の上に人が乗って走っているのも当然のように存在しました。
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サファリパークみたいなところがあり、行ってみました。とても自然でした。猿と鹿しかいなかったのでお客さんが気楽に道路に出ていたのが印象的でした。私が日本のサファリパークに行った時は野獣もいたので、外にはでれないのとは対照的でのんびりできました。
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またミヤンマーにある高速道路の入口にも行きました。物凄く広い道路で地面がとても綺麗でした。通訳によるとミヤンマー人は結構運転が荒く、よく事故をするそうです。
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夜19時にヤンゴン発で、タイ経由でセントレアに31日7時に帰国しました。日本は寒かったですが、やはり安心します。

今回は私一人で行きましたが、とても優しさを感じたミヤンマーでした。また2016年の5月にミヤンマーが新政権になってから再度複数人で行きます。それまでに名古屋でミヤンマー人と話し合ってみたいと思います。前回とは展開が違い、進んできました。

第二回ミヤンマー視察 第3日目

3日目は 前日のパンライン病院(入院施設あり)のタン先生が パンライン病院のダウンタウンのクリニック施設を案内してくれました。
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ダウンタウンのこちらのクリニックには丁度糖尿病専門医がおり、30分ぐらい話しました。今後専門医通しの交流をしましょうと言う程度で終わりました。まあそこからでしょうか。前回糖尿病専門医の若手医師DrKOKOと会えましたが、今回は結局連絡がうまくつかず、会えませんでした。
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優しい先生でした。栄養士のシステムがない中、栄養運動療法を全て医師が話している(ミヤンマー人の患者はそれを望んでいると医師は話していましたが)ようでした。まだ外来はそれほど混んでいないようでした。ミヤンマーはまだ医療保険制度がなく、2016年4月から始まる民主政権で決まっていく段階だそうです。まだこれからの分野です。。
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昼は 鍋料理の店でした。マンダレー薬科大学の教授でした。とてもやさしい女医さんでした。料理はまあまあおいしかったのですが、店内がうるさくて話半分でした。でも必ず会うミヤンマー人医師は”何がしたい?手伝いよ”と言ってくれます。私のやりたいことは決まっているのですが、具体的な発進が難しいです。いろいろな病院で糖尿病センターを立ち上げると言っておりましたので そこに臨床糖尿病専門医としてアドバイスすることがまずは一番早いかと思いました。
 次は商社の社長と懇談です。ここでは薬の輸入について主に聞きました。
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 なぜ日本の製薬がミヤンマーにないのかと聞きました。まずは自費診療で薬の値段が高く、量的には薬はでないこと。インドやタイの製薬会社はちゃんと医師に説明し、そこで試験的にだしてもらい、感触を経てから実際に処方するとのことです。そしてミヤンマーでは英語、もしくはミヤンマー語の添付文書がないと信用されず、日本の薬は勿論日本語しか添付文書ないので広まらないそうです。一番は値段的なこともあると思いますが、改良すべき点があるのがわかっただけでも良かったです。
 その後はミヤンマーで農業に関わっている日本人の方との会食がありました。”藤の坊”という日本食レストランでした。宿泊施設もあり、ミヤンマーで初めてトイレにウシュレットをつけたホテルだそうです。責任者が女性で、とても気さくでした。感染症の怖い話もしてくれました。昼の蚊には気をつけて と言ってましたが、現地ガイドに聞くと、今はほとんどないですよと言われていました。
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そこに私と同い年のミヤンマー人夫婦が来ました。なんと、名大卒でブラザーに勤めていて名古屋在住。娘も名大であと二年は名古屋に住むとのこと。ミヤンマーの未来を真剣に考え、行動できる人らしく、今後は名古屋でお話しできることになり、とても有意義な時間でした。今までのミヤンマーでは一番の収穫だったかもしれません。その日本料理店にはミヤンマーでの秋田県人の集まりもやっており、お話しさせていただきましたが、秋田弁は少しわかりにくかったですね。というか結構わかりませんでした。

第二回ミヤンマー視察 2015.12.27-31 第1-2日目

いつもなら 12.28日午前中まで診療するのですが、今年は月曜日ということもあり、28日を休みにさせていただき、ミヤンマーに第二回めの視察に行ってきました。
 27日は セントレア11時発バンコク行きにのり、19時(現地時間)にヤンゴンに入りました。暑かったです。昼間は30度超えておりました。でもほとんど晴れで夜は過ごしやすい状況でした。長袖でジレ(ベスト)着ているのは私だけでした。ジャケットは手に持っているだけでした。汗だくほどではありませんでした。湿度は高くないようです。

今回は前回と違って一人旅となりました。ミヤンマーでは日本語のできるミヤンマー人の通訳とすべて同行です。初日の夜はフジという日本食屋で通訳の方と夕食とりながら、私の医療の話を聞いてもらいました。

 28日はパンラン病院に行きました。実は前回最後に行った病院で そこのマネージャには失望した病院でした。
今回は通訳のツテで その付属したゴルフ場の地主でもあり、病院の歯科医でもあるタン先生と会いました。
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物凄く親切でビックリしました。ミヤンマーでの付き合いは 人づてと聞いておりましたが、まさにその通りでした。その甥であるヤン先生はその病院の経営部門にいる医師でこんな私に3時間も付き合ってくれました。
糖尿病センター等における知識の情報交換、当院診療システム(医療秘書が打ち込む電子カルテを二診体制)、栄養士・運動トレーナーの育成・それによる各富裕家庭への個別情報提供等、ホリスティック医療の発展を話しました。今後病院役員と相談してみるとのことでしたが、これからの話し合いでしょうね。タン先生の息子さんは今名古屋に住んでいるそうで、病院見学後は隣のゴルフ場も見せていただいた時に奥さんとも逢わせていただきました。名古屋に帰ったら息子さんに連絡して、健康管理を私がさせていただくことを話しました。

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 上記写真は病院のお祈りする部屋でして、さすが仏教国と思いました。よくみると、鎌倉の大仏様の写真があります。ミヤンマー人は大仏様は奈良より鎌倉だそうで、鎌倉のお土産を凄く重宝がるそうです。昼飯はパンライン病院の食堂で食べました。
その後シャングリアホテルで 旅行会社のライさんに会いました。
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ミヤンマーでの観光はと聞いたら、やはり寺院で朝か夕方に行かないと暑くてしょうがないようです。前回は昼行ったので暑かったです。日本人の印象も聞いたら10人中8人以上は好印象だそうです。ミヤンマーが軍事政権の時に日本がアメリカと同調して経済制裁的なことをしたのを良く思っていない人はいるそうです。ミヤンマー人は本当に親日でした。ヤンゴンはオートバイ禁止で、車の渋滞は凄いのですが、その車の9割以上がトヨタ!!なのが本当に驚きで、トヨタ神話は凄いです。
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 夕食は目当ての店が休みでした。ヤンゴンは土地のレンタル契約が半年ぐらいらしく、その後は家賃が跳ね上がるのですぐに場所がかわるそうです。結局中華料理を食べました。2015-12-28 19.17.18
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通訳のアウンさんです。
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2015.5月 第一回ミヤンマー視察

2015年5月 ゴールデンウイークのミヤンマーに医療視察で行きました。ブログに載せていなかったので書きます。
セントレアを午前中に飛び立ちバンコクで3時間ぐらい、その後ヤンゴンに19時ぐらいに入りました。ホテルで日本大使館経済アナリスト エさんと懇談会食。
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第二日目は ビクトリア病院で medical DirectorのDr Kyaw と会い、
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  糖尿病専門医 Dr KOKOを紹介してもらい、午後にアポイントとりました。
Dr.KOKOに会う前に 国立病院の糖尿病専門医 Dr KHIN(女医)との懇談。イギリスに留学していて、非常に積極的なDr、当院TFCにも行きたいと言ってくれました。
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そしてDr KOKO。診療の途中で40分ほども時間を割いてくれました。政府関係では事業は難しいが、糖尿病、未病予防の草の根的な発展なら大歓迎で 今年10月に日本へ行くので可能であれば当院へよりたいとのことでしたが、結局は日本にはこれませんでした。
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朝は ミヤンマー ヤンゴン医学部周辺を連日歩きました。こんな恰好では誰も話しかけてくれません(笑)
中心街ではないのか、ベトナムほどの渋滞ではありません。朝の6時半から人がわんさかいて、露天で飯くっていました。
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ミヤンマー3日目
 午前中はActavis社 Ooさん。薬の卸をしている。非常に率直に答えてくれる方でした。自分は業界6位と言われ、謙遜しながらできることはしたいと言ってくれました。ミヤンマーはまだ保険診療もないので 薬の値段も共通ではない国。日本の5倍以上の値段がついておりました。ビックリです。
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 昼食後には KTZ Companyの Kyawさんと歓談。御自身の健康状態についての診療となってしまいました。物流の会社で輸入もしているとのことでした。

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 DIATECH EBGINEERIGのThantさんとの会食 ヤンゴンが見渡せるレストランでした。結構日本人ツアーがきてました。非常に好感のもてる好青年と言う感じで、ニプロだとかの医療機械の話もでました。透析の話もでて、現在自費であるため、透析は高くて必要のある患者もできずに死んでいく状態だと言ってました。今日本で行っているワンコインHbA1cとかの普及はどうですか等話しました。非常に印象が良かったです。
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夜はShwe Kaung HOT Popに行ってミヤンマー料理食べました。思ったより(失礼)美味しかったです。この日は医療というよりは周辺ビジネスの話でした。

ミヤンマー最後の日、4日目。
 午前中PAGODAに行きました。ミヤンマーの大半は仏教徒です。PAGODAは御釈迦さんの髪の毛が7?本収めてあるところ。また御釈迦さんが悟った菩提樹の種から栽培した菩提樹があるところ。はだしで行動するけど、地面が熱い!! ミヤンマーの民俗衣装というか普段着のロンジーを来て行動。涼しい、スカートみたいなもの。ベルトもいらないし、経済的。下の写真は同行した当院のコンサルタントの久野さんです。ミヤンマー 昼の気温40度近いです。
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  この寺院でとても整理されたことがあります。私は思いあがっていました。ミヤンマーは後進国で、糖尿病の知識も確かに少ないです。ですから私は日本人医師と言うことで上から目線でした。ミヤンマーの道徳規範として上座部仏教がちゃんと根づいています。人は一生のうちに二回ほど必ず寺で修行するそうです。そこで瞑想を覚え、悩んだとき、痛みのある時は瞑想を使うそうです。仏教の八正道も根づいているようです。我々日本人には表面的な治療(対症療法)はものすごく進んでいます。西洋医学です。しかし精神的な荒廃もすすんでいるように思います。昔は大家族でおじいちゃんたちが規範を孫に教えていたように感じます。今はそれがない。。でもミヤンマーの人達はちゃんと規範がありました。私は通訳のミヤンマー男性に質問しました。仏教では何が一番他と違うかと そしたらちゃんとアートマン(未来永劫かわらない唯一絶対のもの)がないことだと答えてくれました。ビックリです。

 午後ヤンゴン近郊の私立病院に行きました。外科医で雇われ院長の方でした。最初から未病予防、食事療法は金にならないし、今赤字の当院ではそれは無理だと言われました。やっと現実、金融資本主義の先生にあいました。正直後味悪いミヤンマーの最後となりましたが、ミヤンマーの医師の現実を思い知らされました。
 
  この日の朝にはミヤンマーで20年来頑張っている方にも会い、中国とのせめぎ合い等も聞きました。またミヤンマーで国境なき医師団的に農園まで開いている名知先生とも連絡とりました。村で医療をしています。皆がんばっています。現代版ビルマの竪琴みたいです。これもミヤンマー人の良さかがそうさせているんでしょうか。日本で日常臨床だけしていたら味わえないような臨場感でした。名知先生には 帰国後東京でお会いし、継続的なサポータになりました。毎月5000円ですが、寄付しています。

写真は通訳として同行してくれた女性陣 綺麗な方でした
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 ミヤンマーは私が思っている以上にいい国でした。驚きました。感謝です。

忘年会

最近は 製薬会社との接待が減ったので忘年会も減りました。
 春日井の野尻先生(名市大旧第二内科所属でもあり、私の中学の塾の先輩)との忘年会は継続しております。名市大は今は私が所属する消化器・代謝内科学教室には旧第一、第二、第三内科の出身がいます。やはり派閥意識があり、いまだにいろいろやっている先生もいるようです。自分たちだけで集まっているので自覚意識がないようですが、外からみると派閥意識を感じます。そこで野尻先生はそんな前近代的なことをするのではなく、もっとみんなで建設的なことをしようと この忘年会を召集してくれます。有難いです。いろいろな情報ももらえます。これも一種の派閥といわれてしまいそうですが、派閥をなくそうと思っております。
 京都まで行って私が講演している リッツエ クラブにも忘年会行きました。自分が良くなろうとしている人達なのでとても力があります。

 当院にかかわっている人とも 忘年会やりました。その時に”日本はいかに素晴らしいか”を無理矢理二日間も聞いてもらいました。私に入ってくる感想は良かったらしいです。またその講演会をもっと磨いてやりたいと思います。

最後の忘年会は桜山中学の同窓会 20人ぐらい来ました。いつも幹事役のヒラチョンと浩二には感謝です。いつもすぐに中学時代の感覚にもどります。敬語もなく、対等です。来年も忘年会参加します。

今年最後の漢方勉強会 コーチングでした。2015.12.17  12.18

漢方勉強会はだいたい年に5,6回やります。ツムラ名古屋支店です。私は毎回司会です。もう10年以上継続しております。今回は安井先生でよく研究会でお会いします。漢方で有名なあおやまクリニックに在籍していた先生です。今は開業しています。ダイエット漢方の妙とかも教えてくれました。一番よかったのは風邪の時の漢方がとてもわかりやすく復習になりました。感謝です。

 翌日金曜日は橋本コーチの当院での参加制限のないコーチングです。その後は私とのプライベートコーチング、これはもう4年ぐらい続いていると思います。いつもエネルギーをもらい、自分の行く道を再確認します。来年もより良い勉強の年にしたいと思います。