緑区医師会 近隣医師とのお食事会でした。2016.5.7

年に一回程度ある、緑区医師会相原班のお食事会でした。区医師会では地域ごとに班があり、班長を各地域の医師で持ち回りでまわしています。私も数年前は班長でした。その班長が医師会の会合にでて、区医師会の話し合いに参加するわけです。区医師会の組織は区医師会長から 副会長、執行部、各委員等があります。私は自立支援委員、学術委員を任せられています。学術委員は月に一回の勉強会の司会進行、企画をやります。

18時から緑区の料亭 今 別館の小や町でありました。私は区医師会長の隣に座り、約13人の医師での食事でした。会長の挨拶から始まりました。最初の話題は震災時の医療でした。私全く知らなかったのですが、現在名古屋市は小学校は避難する場所で、中学校に震災時の診療所を設営することになっているとのことでした。中学校の医療施設から小学校へ往診に行く手順になっているとのことでした。震災時に
区医師会として地域の班に防災班長を設置し、震災時には 行ける医師が中学に行き、そこで診療にあたるとされております。当院は平子小学校の学区内にあり、この学区に医療機関は唯一当院のみです。よって私と調剤薬局薬剤師が年に一回平子小学校学区の連絡協議会、消防団出初式に参加しております。当院には平子小学校学区の防災無線があります。勿論使ったことはありません。医療は中学校が主体とは知りませんでした。

名古屋市としては小学校は震災用に耐震工事(おもに体育館)をしているだけでなく、名古屋市の小学校はほぼ 周りの道路に簡易トイレが使えるように工事がしてあり、また公園の地下には防水槽があるそうです。当院隣の坊主山公園の地下にもしっかりとできており、いざというときには使えたり、平子小学校の横の道のマンホールのところで簡易トイレ設営可能であることは地域の消防団団長から以前から聞いておりました。また緑区医師会休日診療所は新しく耐震構造で立て直され、水道も耐圧でトイレも震災時使えるようにしてあるそうです。耐圧の給水路は町のあちらこちらにあるとのことでした。当院では震災時の備えの施設としては太陽光電池と蓄電池があります。一応震災で停電になっても診察室には電気が供給できるシステムにはなっております。

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